通過儀礼としての男同士のセックス~バヌアツ(ニューヘブリデス諸島)の部族~

通過儀礼としての男同士のセックス

太平洋の赤道の南、オーストラリア大陸の北-北東に位置するニューギニア島、ビスマルク諸島、ソロモン諸島、フィジー諸島などを含む地域をメラネシアと呼びます。

これらメラネシアの島々に住む部族の間には、少年を一人前の男にするための通過儀礼(イニシエーション)として、少年の体内に成年男子の精液を注入する風習があったことで知られています。

これら少年への精液伝達の風習を持つ部族では、精液は少年が一人前の男になるために必要不可欠な物質であると考えられていました。

ちょうど赤ん坊が母親のミルク(母乳)を飲んで育つように、少年はオトナの男のミルク(精液)を飲むことで成長して逞しい男らしい体つきになり、ペニスも大きくなると信じられていたのです。

このような部族では、精液は少年の体内で自然に生成される物質ではなく、オトナの男から少年に伝達する必要があると考えられていました。

少年が将来、オトナになって女性と結婚して子供を作るためには、当然、精液が必要になってくるのですが、そのためには、少年時代にオトナの男とセックスして、自分の体内にオトナの男の精液を貯蔵、蓄積しておかなければならないと考えられていたのです。

少年たちは9歳か10歳に達すると、それまで一緒に住んでいた母親や姉妹から切り離され、一人前の男になるイニシエーションを受けるために女人禁制の「男の家」に入ります。

イニシエーションの期間は部族によって異なりますが、この期間中は、少年は「男の家」から出ることを許されず、女性との接触は一切、禁じられます。

そして「男の家」に閉じこもって年長の男たちから精液を伝達されるのです。

精液伝達の方法は、ニューギニア高地に住むサンビア族の場合はオーラル・セックス、ニューギニア南西部沿岸地域に住むマリンド・アニム族の場合はアナル・セックス、

同じくニューギニア南西部コレポム島に住むキマム族の場合はアナル・セックスに加えて、鋭い竹のナイフで少年の身体に傷をつけ、その傷口に精液をすり込むといったように部族によって様々です。

いずれの部族においても少年が一人前のオトナになるためにはこの精液伝達の儀式が欠かせないものであると考えられ、部族の少年全員にこのイニシエーションへの参加が義務づけられたのです。

「なんぼ嫌やいうても、やらんとあきまへんのや」

といった感じでしょうか・・・

特に精液注入に熱心なキマム族などでは、イニシエーションの期間中、少年たちは「男の家」で夜毎、7人から8人の男たちに代わる代わるバックを犯されて精液を注入されたそうで、一人前のオトコになるのも大変です。

ちょっと体験してみたい気もしますけど・・・(笑)

少年への精液伝達のパターンとしては、上記のように「男の家」で不特定多数の男たちによって体内に精液を注入されるパターンとは別に、

特定の年上の男性と義兄弟、あるいは義理の親子関係を結んで、その男性から精液の注入を受けるというパターンもあったそうです。

このような場合、精液の提供者になるのは、少年のおじ(母親の兄弟)や義兄(姉の夫)が多く、イリアン・ジャヤに住むヤカイ族は、少年とこのような精液提供者のカップルをそのものズバリ、「尻穴親子」と呼んだそうです。

「尻穴親」になった男は、「尻穴子」になった少年と性交して精液を伝達するだけでなく、「メンター」として少年の相談相手にもなり、少年が一人前の男に成長して精液の注入を必要としなくなったあとも、義理の親子あるいは義兄弟としての親密な関係が続いたといわれています。

三番目のパターンは、上記2つの混合パターンで、イニシエーションの期間中は「男の家」に滞在して、不特定多数の男たちと関係をもち、イニシエーションが終わると、特定の年長者と「尻穴親子」の関係になって、その男とだけセックスするというものです。

いずれにせよ、これらの部族では少年と年上の男性との男同士のセックスは、欧米キリスト教圏のように禁止されるどころか、奨励され、イニシエーションの儀式として制度化され、部族の男性すべてが行なっていたのです。

ただし、現代のホモやゲイと異なる点は、このような男同士のセックスの習慣が女性との性関係を排除せず、それを補完する形で存在したことです。

そもそも少年の体内に精液を注入するのは、将来、少年がオトナになって女性とセックスしたときに、体内に蓄積した精液を使って女性を妊娠させられるようにするためで、その究極の目的は子孫を増やし、部族の生存を保障することにあるわけです。

ただ、これとは矛盾するようですが、精液伝達を目的とする儀礼的な男同士のセックスの習慣をもつ部族には一般的にいって、女性を穢れた存在とみなす「女嫌い」の傾向がみられ、

またこのような習慣は首狩りなどを行なう勇敢な戦士として知られる部族の間で特に多くみられたという事実があります。

この「女嫌い」、「男同士のセックスの習慣」、「勇敢な戦士」という一連のキーワードから連想されるのは我がニッポンのサムライです。

日本の戦国時代から江戸時代の初期にかけて武士階級の間で男色が流行したことはよく知られていますが、この時代、武士の家に生まれた少年が年長の武士と義兄弟と呼ばれる男色関係をもつのはごく一般的にみられる、ほとんど制度化された習俗でした。

このような義兄弟の関係は少年の家族にも公認されるフォーマルな関係で、少年の父親がこれはと思う青年を見込んで自分の息子の兄分になってくれるように頼むことも珍しくなかったといいます。

このような少年と男色関係をもつ武士には女嫌いの傾向が強くみられ、周囲が結婚を勧めてもなかなか結婚しようとせず、40過ぎになってようやく子供を作るために結婚するというケースが多かったそうです。

また民族学者の赤松啓介氏によると、男色が盛んであった九州地方では、少年がフンドシを締めて成人男子の仲間入りをする「フンドシ祝い」で、熟年の男や壮年の男が「フンドシ親」となり、

少年にフンドシを贈った夜に少年と性関係をもち、義理の親子になる習慣があったそうです。

これなんか、まさに前述したニューギニアの部族でみられる「尻穴親子」の関係そのものです。

さらにかつての日本では、西日本を中心に「フンドシ祝い」を終えた少年が「若衆宿」に入って、年上の若者と寝起きをともにしながら、一人前の男になるための実地の教育・訓練を受ける風習が存在しました。

薩摩地方ではこの若衆宿のことを「郷中」と呼び、郷中のメンバーは7歳から
14、5歳までの「稚児」(ちご)と呼ばれる元服前の少年と、

14、5歳から24、5歳までの「二才」(にせ)と呼ばれる元服してから妻帯するまでの若者の二つのグループで構成され、稚児と二才は男色関係を通じて強い絆で結ばれていたといいます。

この「若衆宿」の制度は、ニューギニアの部族の少年が通過儀礼のために入る「男の家」によく似ていますが、若衆宿が西日本に普及していた事実からみて、この若衆宿の制度がニューギニアなど南太平洋の島々から日本に伝わった可能性は十分に考えられます。

このようにみてくると、ニューギニアの首狩り族と我々日本人は文化的にはけっこう近い関係にあるように思えます。

現在では、このニューギニアを中心にしたメラネシアの精液伝達の通過儀礼は、この地域の植民地化とそれに続く近代化によって、ほとんど消滅してしまったそうです。

この「悪習」を根絶するために一番、精力的に働いたのは、容易に想像できることですが、欧米人のキリスト教宣教師だったそうです。

彼らは原住民をキリスト教に改宗させて、同性愛は神の教えに反する罪深い行為であると吹き込んだのです。

また植民地の行政官も、乱交による性病の蔓延を防止するという公衆衛生上の見地から、このような儀式を行なうことを禁止したといわれています。

さらに近代化が進んで、村の若者が町に出稼ぎにでて現金収入を得るようになると、伝統的な自給自足の村落共同体の秩序が崩壊し、村の「成熟したオトナ」の権威が薄れ、それに伴ってイニシエーションの儀式も徐々に衰退していったそうです。

それでも、かつての「伝統」のせいで、現在でも、メラネシアではホモセックスの習慣は社会に浸透していて、日常的に行なわれているといいます。

この稿を書く参考にロンリー・プラネット社のガイドブック、「パプア・ニューギニア編」を読んだところ、「最近、奥地を一人旅する白人の男性旅行者がレイプされる事件が頻発しているので注意をするように」と警戒を呼びかけていました!

参照文献:
Ritualized Homosexuality in Melanesia edited by Gilbert H. Herdt
武士道とエロス、氏家幹人

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